劣等感やコンプレックスの向き合い方。
あなたはなにか人生の中で障害あるなと思ったことはありますか?
自分は<どもり>というものが自分にとって最大のコンプレックスでした。
» 吃音の定義
吃っていると聞き手が感じても、本人は吃音と思っていない場合がある。一方、周りからは吃っているとは気づかれないほど流暢に話す人が吃音に悩んでいる。
失語症者の中にも吃音によく似た言語症状がみられる。また、「あわてたり、びっくりしたりした時など、誰だって吃りますよ」と言われることがある。これらは、吃音とは呼ばない。失語症の場合は吃様症状と呼ばれる。非吃音者のなめらかでない話しことばは、正常な流暢さであるとウェンデル・ジョンソンは言う。吃音とは何か、人によってその定義は異なるが、現時点での主流の意見は次のようなものである。1)音を繰り返したり、つまったりするなどの明確な言語症状がある。
2)器質的(脳や発語器官等)に明確な根拠が求められない。
3)本人が流暢に話せないことを予期し、不安を持ち、悩み、避けようとする。
日本吃音臨床研究会:どもり:悩み:改善|知っておきたい吃音知識_001_01
自分も高校三年までは隠して生きていました。
だけど、受験期でもやもやしていたのと、もう隠して生き行くのはやめようと思い、
親友に話してみることにした。
話す前は嫌われちゃうんじゃないかなとか、バカにされるんじゃないかなとかそういったことが常に頭の中にあったけど、
親友からの返答はあっけないものだった
<ふーん>
そのひとことでおわってしまった笑
この時はじめて自分が気にしているほど相手は気にしていないし、
そんな暇じゃないということを実感することができた。
これを体感レベルでわかるのと、想像レベルでわかるのはかなりの差があると思う
これがきっかけで大学では自由な時間がたくさんあるからいろんな人にあいにいってたくさんの考え方を知るようになった。
例えば、
まったくしらない人とヒッチハイクしたり。
海外でまったくしらない人と現地集合したり、
まったくしらない人の家に泊まりにいったり、
やっぱり、自分がコンプレックスとか劣等感とかって自分が感じているだけで周りは気にしていない。
だけど、日本って同調意識がいい意味でも、悪い意味でも強いからいまいる環境を抜け出したり、そこで目立ったりするのって難しいと思う
だからこそ環境を変えることで自分の考え方が変わったり、自分が短所だと思っていたことが長所に変わるのかもしれない。
まあ自分を変えたいとか思っている人は、もう変えているんだと思う
自分も18年間も自分の殻に籠っていたからわかる
でも時期にもう限界だってときが来るんだと思う
水がコップからこぼれ出すように、自分がいままでの自分にこりごりになって新しいことをやってみたいと思えるときが。
自分のマイナスだと思っていることを人に話すのってすごい勇気がいることだと思う
だからこそ自分はまったく知らない人とかはじめてあっって話してもいいかなと思った人には話すようにした。
そうすることでいろんな人の考え方を自分のものにすることができるから自分の考え方変わってくる
だからもし、限界だわって思っている人がいたら、まったくしらない人とかに相談してみるのがいいと思う
いまの環境で変われないのはかなり当たり前なのかもしれない、
だって別にそこまで追い込まれたりしてないから
だからこそ自分をもっと厳しい環境に置くことも大切
厳しい環境っていうのは自分が嫌なことをする場所ではなくて自分がそこで成長できるかもっていう場所
自分がこのような考え方をもったのは本の影響がかなり大きい
その中で一番心に残っていてオススメなのはこれ
まずは自分の考え方をよりいい方向に向けていきたいと思っているなら読むべき
でも、最終的には人から言われた言葉の方がもっと効果が大きい
自分が言われた中で一番心に残っているのは
たいのタオ島で
<あなたがここにいるのは、悩みや劣等感があったからでしょ。>
自分がそれをもっていなかったら確かに日本から離れてこんなとこまでお金をだしてこないよなって泣くほどこころにしみた。
おそらく悩みとか劣等感ってみんなあるはず
だけど、それって自分だけの思考で考えているだけ
ってことはもっと人にあったり本を読んだりすることで悩みうや劣等感の考え方なんて180度かわってしまうことだってある。
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